北海道で「自然共生」を目指す

 

日本最北端の島、北海道──世界遺産にも登録された知床に代表される、豊かな自然に恵まれたこの島には、多くの野生動物が生息している。寒冷地に適応して進化してきた野生動物には、北海道の古称「蝦夷」が名前に冠されていることも多い。

北海道は日本で最大の面積を誇る都道府県だが、それでも、「自然と人間の共生」(自然共生)をめぐる課題に直面している。動物と人間の領域が重なり合う地域が多く、人間の見方でいう「獣害」が発生しているのだ。

だが、こうした問題は、人間社会にとって不都合というだけでなく、生態系が崩れることで自然そのものにも悪影響を及ぼしている。

 

蝦夷鹿が「有害駆除」されている現実

 

そのため、北海道では自然共生を目指したさまざまな取り組みがなされている。そのひとつが、「獣害」のなかでも被害が最も深刻な蝦夷鹿を一定数「有害駆除」し、生態系のバランスを保とうとする事業だ。

蝦夷鹿による害が最も深刻な一因は、100年前には蝦夷鹿の繁殖を「自然」に抑止する力になっていた蝦夷狼が絶滅し、繁殖力の強い蝦夷鹿の数が爆発的に増えてきたことだ。

同様の課題に悩まされていた米国のイエローストーン国立公園は、すでに絶滅していた狼を再び公園内に放つことで、鹿の個体数を抑えることに成功した。だが、人間社会と野生世界が隣り合わせの北海道で、蝦夷狼を再び放つというやり方は実質的に不可能だ。

そこで、北海道は日本政府からの助成を得て、「許可による捕獲」(有害駆除)によって人為的に蝦夷鹿の個体数の増加を抑制しようとしてきた。

蝦夷鹿の個体数は全道で、2011年頃の約77万頭をピークとして、以降は微減しているが(2019年は約67万頭)、蝦夷鹿による農林業の被害や交通事故は、むしろ年々増加している。

2018年度、野生鳥獣による被害金額は48億7000万円(前年から1億2000万円増)、そのうち蝦夷鹿の被害は38億6000万円と8割を占める。また2019年度、蝦夷鹿が関わる列車支障は2500件超で、交通事故は3000件超だった。

2019年度、蝦夷鹿の捕獲数は約10万頭にのぼった。捕獲した蝦夷鹿は、おもに食用やペット用に加工される。だが、捕獲したもののうち活用できるのは約3割に留まり、残滓のほとんどは廃棄されている。

皮革に至っては、2019年にようやく初の実態調査が発表されたばかりで、ほとんど活用されていない。

 

鹿革蝦夷地の根底にあるもの

 

北海道で蝦夷鹿と人が持続可能な形で共生するため、現時点では「有害駆除」が有効であることは、受け止めるしかない事実だ。

それもすべて人間の「利己的」な理由であると自覚したうえで、僕らの使命は何かを考えはじめたことが、鹿革蝦夷地の始まりだ。

僕らの使命は、殺められた蝦夷鹿を余すところなく有効に活用すること、さらに、蝦夷鹿の尊さと美しさを兼ね備えた上質な原皮を、しなやかで優しい鞣し革に変身させ、創造力あふれる作品にまで昇華させることだ。

たとえ小さい一歩だとしても、そうした積み重ねこそが、野生動物と人が共生する社会の実現に貢献することになると信じている。

鹿革蝦夷地 株式会社 代表取締役
伊東淳一

データ参照:北海道庁 自然環境課 エゾシカ対策係・活用係